夫婦の夢が途絶えた日
結婚して3年。東京での多忙な生活の中でも、「いつか子どもと3人で」という夢は、私たち夫婦の共通の光でした。
しかし、病院の診察室で夫の男性不妊の事実を聞かされた瞬間、私の世界は音を立てて崩れ去りました。体外受精や顕微授精など、できる限りの治療を試みましたが、すべて虚しく終わりました。
「もう諦めるしかないのかな」――。
涙が止まらない私に、夫は何も言わず、ただ強く抱きしめてくれました。キャリアを順調に築き、自信に満ちていたはずの夫が、私に対して「ごめん」と繰り返す姿を見て、私はさらに深い苦しみに沈みました。
努力だけではどうにもならない現実に、ただただ打ちひしがれる日々でした。
新しい道の模索
数ヶ月のどん底を経験した後、私たちは再び真剣に向き合って話し合いました。その時、夫が勇気をもって口にしたのが、「第三者からの精子提供」という選択肢でした。
最初は戸惑いました。血の繋がりがない子どもを持つということ。世間からの偏見はないか。倫理的な葛藤が、私たちの心を激しく揺さぶりました。
しかし、夫の言葉が私の心を動かしました。「血の繋がりよりも、君と僕の間に生まれてくる命を育てたい。それが僕たちの新しい『家族』の形だと思う」。この言葉に、私の気持ちは固まりました。
私たちが本当に望んでいた夢は、「血縁のある子」ではなく、「子どもと生きる人生」だったのだと気づいたのです。私たちは、二人で選んだこの道を進むことを誓いました。この決断に至るには、何よりも夫婦の信頼が必要でした。
慎重な一歩
私たちは、精子提供を実施している東京の医療機関を慎重に選び、複雑な手続きを経てやっと治療を始めました。しかしそこで言われた衝撃の一言。
「今からですと、お二人への提供は2年後になります」ーー。
絶望しました。まだ20代とは言え、2年間何もしないまま時間が経つことに耐えられそうにありませんでした。しかも、血液型すら指定できないとのこと。
また、振り出しに戻ったわたしたちはぼーっと過ごし毎日でした。自暴自棄になりかけたときに、偶然みつけたのがサズカリです。
怪しい・・・、怪しすぎる。
でも、ドナーの条件がわたしたちの希望とぴったり。恐る恐るカウンセリングを申し込み、当日はとても緊張していたことを思い出します。
1時間後には、サズカリで精子提供を受けようと決めていました。定期的な検査を受けていることと、これまでの実績から、私たちにはここしかないという結論になったんです。
何度かの失敗を乗り越えて、ついに陽性反応を見た瞬間、夫と抱き合って泣き崩れました。あれほど遠く、手の届かないものだと思っていたことが、現実になりました。
小さな命
そして今、わが子を抱きしめています。夫は、血の繋がりの有無に関わらず、世界で一番優しく、かっこいいお父さんです。
困難を乗り越えて築いた、自分たちの「家族」を心から楽しんでいます。息子は私にとって、私の人生を豊かにしてくれた最高の贈り物です。
もし今、私たちと同じように、子どもを持つことを諦めかけているなら、立ち止まらないでください。血縁にこだわらないのであれば、精子提供という選択肢を一度は検討してみてほしいです。
この道を選んだことで、私たちは家族の幸せな時間と、夫婦の絆の深さを知ることができました。

